こんにちは。レモンです!
私は、「“本”という道具を使って、“心”を耕す」をコンセプトに、
仕事や日常・育児で思い浮かんだ様々な疑問や問い・悩みについて、読書をしながら解決策を探ったり、考えを深めていこうとしている、2児のワーママです。
私の読書のプロセスは、以下のようにしています。
- 「疑問・問い・悩み」に対して、答えてくれそうな本を選ぶ。
- 読んだ後はこのような結論に至るだろう・・・という「仮の答え」を考えておく。
- 実際に読書する。
- 改めて「疑問・問い・悩み」に対して「読書後の答え」を書く。
- それぞれの「答え」を比べて、新たにどんな視点や気づきが得られたか?を振り返る。
ちなみに、この読書プロセスは以下の本を参考にしています。
なぜこのプロセスで読書をしているか、どんな良いことがあるのか、については
この書籍についての記事もありますので、良ければこちらもご覧ください。
では、いってみましょう!
問い:「現代の日本の環境は、昔と比べてどこが問題なの?どうしたらいいの?」
今回の問いは、
「現代の日本の環境は、昔と比べてどこが問題なの?どうしたらいいの?」です。
え、急に壮大なテーマ。笑
私自身、20代の時に少し造園会社に勤めていた経験もあり、そういう視点から、環境について考えることがあるのです・・・。
そして、最近よく「日本の先人たちの素晴らしい知恵を借りて”SDGs”な、”持続可能”な、社会・環境を作ろう!」
と言われている場面って結構あると思うのですが・・・
その先人たちの智慧って何?
昔の人がやっていたことと、現在私たちが行っていることって、何が違うの?
ってか、今の環境ってどのへんが問題なの?
という疑問が湧きました。
そこで今回は、知る人ぞ知る名書「土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技」に、ついに手を伸ばしてみることにしました。
造園や土木、建築関係者の中では、目にしたことがある方もきっと多いはずです。
これから読む本:「土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技」
書名:土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技
著者:高田 宏臣
発行所:(株)建築資料研究者
発行日:2020年6月20日
仮の答え:「コンクリートだらけで土が見えないことが問題。昔の人の“自然に寄り添う”的な技を使おう。ひとまず樹を植えよう!」
ん~なんて抽象的な・・・笑
改めて言うと
問い:「現代の日本の環境は、昔と比べてどこが問題なの?どうしたらいいの?」
に対して
仮の答え:「コンクリートだらけで土が見えないことが問題。昔の人の“自然に寄り添う”的な技を使おう。ひとまず樹を植えよう!」
としました。
何となく、今の時代って先人たちの技術や智慧を見直していこう!という流れが強いので、恐らく「昔の人はすごいな~」という技が紹介されてる内容になってると思うのですが、
では、具体的にどんなことしてたんだろう??
ということを考えると、ほとんど思い浮かばず…残念な現代っ子です…
ただ、「田舎道・農道」と、「都市部の歩道や道路」を比較すると、「コンクリートやアスファルト舗装」がキーワードになってくるのではないかなぁと思いました。
コンクリートだらけだと、
- 樹木も植えにくい。
- 生物多様性が少なくなりそう。
- 雨水が土の中まで染み込まないから、何だか土の中の生物たちも、住みにくそう。
また、近年「グリーンインフラ」というワードも注目されていて、緑地の貯水機能によって水害を防ぐ、何ていう話もあったりするし…
そう思うと、「生物多様性」「災害」なんかもキーワードになってくるかな。
また、昔の人たちのコンクリートの代わりって、「石」だよな~と。それを、敷いたり積んだり…。
うん、何だか水がきちんと染みわたるようなものを作っている気がする…!
そして、近所の昔ながらの日本家屋と、現代住宅が並んでいるところがあるので見比べてみると、
圧倒的に樹木の数が違う!
日本家屋の方は、家の周りに生垣やお庭の植栽でいっぱいだったけど、
現代住宅(そこの場合は分譲の建売住宅)は、管理の手間のこともあってか、
駐車場はコンクリート!門のところにとりあえずシンボルツリー1本!
みたいな感じ。
これも、土中環境と何か関係がありそうな、なさそうな…?
さあ、それでは読みながら内容を考えていきます!
読書:「土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技」
「土中環境」とは?
そもそも、「土中環境」とは、その名の通り「土の中の環境」です。。。
普段、生活してて土壌の中って意識したことありますか?
実は、現在色んな業種の方たちが、「土」に注目しています。
この書籍では、「表側の見える環境ばかり見てませんか?土の中の環境こそ、目に見えている環境の健康具合を左右するんですよ!」
ということを、何回も言葉を変え、イラストもつけながら、ひたすら語り掛けてきます。
では、土中環境がどうだったら、いい状態なんだろう?
「通気浸透水脈」が大事。
私は緑や樹木が好きなので、日本の都市部は樹木が少なくて、コンクリートやアスファルト舗装だらけで嫌だなぁ・・・と思いながら生活してます。
なので、「樹木が育たない固い土はダメ」とか、「微生物が育ってない土壌は不健康だよね」ということは何となくわかるけれど、
具体的にどういうこと??と思っていました。
そこで実際に読んでみてわかったことは、まず一番最初に配慮すべきことは、「水」と「空気」だったんです。
ここでパッっと思い浮かんだのは、鉢植えの水やりです。
鉢植えに水やりするときって、鉢底の孔から水が出てくるまでたっぷりあげる、ってよく言われませんか?
あれって、水を与えるだけが目的じゃなくて、根も呼吸してるから、空気の入れ替えも兼ねてるんです。
それによって、植物は生き生きと成長することができます。
それが、森や山、庭など、私たちの身の回りの緑でも同じことが言えるようなんです。
この書籍では、その土の中の「水」と「空気」の流れのことを、「通気浸透水脈」という言葉を使って説明されています。
そしてその「通気浸透水脈」を確保していくことが、樹木や植物、森を生き生きと育て、その環境が、私たちの住んでいる世界を安全に、豊かにしていくことに繋がっていくそうです。
何だか、私たちの身近な生活との結びつきがイメージしにくいかもしれませんが・・・
でもね、大事なんですよね。
恐らく、緊迫した社会問題として、人口減少とか、子育てとか、経済格差とか、教育とか、もう色々あると思うんですけど、
こういうのって、目に見えて「うわ、やばい!これは問題だ!」っていうわかりやすさや、そして緊急性があるから、
行政や民間もお金出してすぐ解決に向かうために行動を移していくと思うんですけど、(もちろん、手が届いていない問題は山積み。)
でも、こういう「環境」的な部分って、結果がわかるのが何十年、何百年後とか、結構先の話になってきたりするからか、取り掛かるのが先送りにされたり、見えにくいのでそもそも把握されていなかったりすると思うんです。
でも、これ読むと「うわぁ、日本の国土って、すごくダメな方向に向かっていってるのでは・・・」っていうことに気づかされます。
そして、まず気づくことが大事、なのだと思います。
「通気浸透水脈」がないと、どうなるの?
まず、この本を読んで私なりに理解した、健全な環境、森が育まれるおおまかなプロセスとしては、
①水と空気の良好な流れ(通気浸透水脈)→②菌糸が張り巡らせる→③土が団粒構造へと育つ→④植物の根が広がる→⑤土中が涵養する→⑥好循環。
よって、「通気浸透水脈」がないと、何も始まらない!ということだそうです。(すみませんかなり大まかに話してるので、詳しくは書籍にて理解されてくださいね。)
※ちなみに、「菌糸」の働きってすごく重要で。この書籍の中では、著者と、実際に昔ながらの酒造りをされている蔵元の当主の方との対談の中でも、その重要性を語られています。酒蔵の蔵元の人たちは、周辺環境の良し悪しが、お酒造りに直結しているということを体感されてるので、環境を守ることへの思いが非常に強いことを感じます。
逆に言えば、非常に充実した森林環境があっても、一度水と空気の流れが途絶えてしまうと、
①通気浸透水脈が途絶える→②菌糸がいなくなる→③土が団粒構造でなく細粒土になる→④樹木が枯れる→⑤山全体が乾燥し、やせ地へ。
もちろん、こんな単純なプロセスでなく、他にも細かい色んな要因が重なっていくと思うのですが、最終は干からびた山や国土へと変貌し行き・・・。
少量の降雨でも、土壌は受け止めきれず、土の表面を流れていくことで
土砂災害や水害が起こりやすくなり、我々の安全な生活が脅かされる!
※今年から、「森林環境税」が設けられたのも、そのような視点からですね。(会社員の方は住民税と一緒にお給与から引かれているはず。)
ニュースでよく見る自然災害も、もしかしたら、このようなことが原因で引き起こされるパターンも、あるかもしれないんです。
現代、「通気浸透水脈」を脅かしているものとは?
現在、荒廃した山林が増えていっていると言われていますが、それには実に様々な要因が絡んでくる一方で、
この本を読んでいると、それらの根本的な原因が「通気浸透水脈の分断」ではないかという気さえしてきます。
というか、そのように書いてあります。
その「通気浸透水脈の分断」を引き起こすものとは?
かなり大雑把に以下のようにまとめました。
- 山…ダムや治山ダム、砂防ダム、など
- 平地…コンクリート舗装による護岸、U字側溝など
これらの構造物が、人間によりつくられていった結果、国土が壊れていっていると・・・
あれ、国土を守るためのものなはずだったのに、逆に人間にとって良くないものになるなんて・・・
(詳しいことは書籍にて。)
これらの共通点って、「多孔質ではない」ということなんですよね。
水の浸み出す隙間がなく、水と空気の流れが分断されてしまいます。
じゃあ、どうすればいいの?:先人たちの智慧
筆者は、以下のように述べています。
“大地と共に生きてきた古人が経験的に身につけてきた共生のための智慧と視点の中に、私たち人間を含む自然界総体への確かな理解の糸口があると思います。”
出典:高田宏臣「土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技」
そして、この書籍の中でも、昔の人々がごく普通に行っていた土木造作を、いくつか紹介しています。
大さっぱまとめ、以下の通り。
- そもそもコンクリートはなく、石積など「多孔質」なもので造られてる。
- 水の集まる谷筋や傾斜の変わり目、横断道の横に溝や縦穴を掘る→水が湧き出てまた染み込む→そこに菌糸が広がり樹木の根が伸びてくる→地形が安定!
以上のことを基本に、様々な場面でこのことを利用した土木造作が行われたようです。
でも、
これって、現代にはどう応用していけばいいんだ?まわりコンクリートだらけなんだが…汗
となった私。
そこで、著者が実際に行った土中環境改善の実例が、松林から住宅の敷地という範囲まで、イラストや図付きで紹介されてます。
例えば、コンクリート道の脇に溝を掘って、縦穴も掘って竹さして、枝葉を敷き詰めて、水がコンクリート舗装の下を流れることるようにし、水脈の分断を防ぐ、など。
すみません、かなりアバウトな説明ですが…笑
実例も一緒に合わせて紹介されているので、関係者の方からすれば、めちゃくちゃ勉強になるのでは。
私も、ワクワクして読んじゃいました。
自分の家の庭でも試してみようかな、と言えるような、重機などは使わない方法だったりするのが、またポイントかなと思います。
【まとめ】読書後の答え:「通気浸透水脈」に配慮していないことが問題。その視点を取り戻し、先人たちに倣った土木造作を行っていく必要がある。
改めて、
問い:「現代の日本の環境は、昔と比べてどこが問題なの?どうしたらいいの?」
に対して
仮の答え:「コンクリートだらけで土が見えないことが問題。昔の人の“自然に寄り添う”的な技を使おう。ひとまず樹を植えよう!」
としていたのですが、
読書後の答え:「通気浸透水脈」に配慮していないことが問題。その視点を取り戻し、先人たちに倣った土木造作を行っていく必要がある。
となりました。
このギャップでわかる、今回私が得られた視点は
- 土の表面だけじゃなくて、土壌の下の方まで考えていく必要があった。
- 土壌表面の雨水だけでなく、土中の水の流れ、加えて空気の流れ(=通気浸透水脈)が重要だった。
- 樹木の役割ももちろん大事だけど、「菌糸」の土壌の隙間を維持する役割も、非常に大事!
- 人間以外の生き物や、自然相手に仕事している人間(農業など)だけでなく、土砂災害や水害、水や食料について考えると、自然と離れて暮らしている都市部の人たち生活にも深く関わっている。(改めて。)
- すべては土から始まって、土に還っていくんだなぁ…
でした。
おまけ1:先人たちの知恵は、良くも悪くも手間と時間がかかる。
素晴らしい先人たちの智慧や技。
でも、もちろんそれが行われなくなった理由もあるんだろうなと。
たとえば、以下のことが考えられると個人的にはと思います。
- 施工するのに手間と時間がかかる!
- 人手不足。→この技術を持った人が少なくなってきている。
- 自然の力を借りる場面があるので、完成形まで一定の年月が必要!
などです。
やはり、施工するのに手間がかかるんだろうなぁ、と考えたりします。
でも一方で、溝を掘って縦穴を設ける、何ていうのは、重機を使わずにできたりするので、
簡単に取り入れれるものもあるならば、それらを取り入れていけるのでは?とも思います。
また、完成するのに早い方がいい、ってなる場合も多いのかなぁ…。お客さんも、効果がすぐでるものを欲しがる世の中。
書籍内に出てくる、樹木の根も絡めて強度を高める石垣、何ていうのも、歳月をかけて完成させていくものの内のひとつ。
長い目で見て、自分たちにとってより良いものを、選択していきたいものです。
皆さんは、どう思いますか。
おまけ2:ダムなどの巨大構造物や、「グレーフィールド」(工場跡地など)をどうするか問題。
今回、この本を読んでいくと、
今まで人間が作ってきてしまった負の遺産を、どう再生していくか。
ということにも考えが派生していき、以下の書籍について思い出しました。
ランドスケープの巨匠、とも言われる著者の最新の書籍。
この中で、「グレーフィールドについて考えていかなければならないよね。」というような記載があります。
元々、「多孔質」のデザインについて、気づきが得られたのもの、この書籍です。
また改めて読んでみようと思います。
それではおしまい、ちゃんちゃん。